内痔核根治術(結紮切除)いぼ痔手術体験記。20年以上育て上げたイボ痔とサヨナラした手術体験日記ブログ。
そろそろ術後の体調も安定して参りましたので、当ブログのコラムに体験記としてまとめていこうかと思います。一回目の今回は、まずは私めがどういった状態であったのかを、序章としてご案内できればと思います。お付き合いの程、よろしくお願い致します。
不肖私めの痔とのファーストコンタクトは20歳の頃。と、ある日の排便時の事、まったくの前兆なしで突如、和式便器の水面いっぱいに真っ赤な鮮血!!超ビックリ!!の、痔主の皆様の多くが経験しておられるであろう初期症状から、お痔様とのお付き合いがスタート致しました。初めての時は本当にびっくりしてビビりまくり。大げさでなく本当に「死ぬ」と思いました。直腸がんなど痔以外の大きな病気の可能性も、との情報も見聞きし、本当にビビッて病院にも行けずで御座いました。
若さもあり、お尻の穴を他人様に見せる!?先生以外の看護婦さんもいるじゃん!?同年代の看護婦さんだったら!?などと考えると、絶対無理!と、余計に足が遠ざかるのでした。某有名ドラマ「北の国から」で、通学中の電車内でちょっと気になる存在であった蛍(ほたる)が務めている病院とは知らずに、痔を患っている緒方直人演じる「勇次」が訪れてしまい、恥ずかしいやらバツが悪いやらで超恥ずかしいあのシーンが頭をよぎり。。ご存知ない方は「北の国から 89 帰郷 [DVD]」を要チェックです。
それから数か月後、風邪をひいて馴染みの病院に行った時の事です。そういえばここの先生って、痔の先生でも有名なんだよな、、と。幼少時から通う馴染みの先生に「そういえば先生、先日コレコレこうでウンコしたら鮮血で真っ赤になっちゃったんだけど…」と、話が終わるか終わらないか、食い気味のタイミングで、「んじゃちょっと見てみるから横になって。」と。「イヤイヤ!先生今日はイイよぅ~!」「いいからいいから、すぐに終わるから(笑)」と、うひゃー、、言わなきゃよかったと思う反面、馴染みの先生の笑顔に睨まれ、まな板の上の鯉状態。。おばちゃんナースさんもいてかなり躊躇しましたが、最後はなるようになれ!!と覚悟を決めてベッドに。横向きで膝を抱え込んで先生の初触診。軟膏を塗られてグリグリっと挿入。思わず「ア!はぁ!」と声が漏れ、ロストバージンな屈辱的心境。。もう終わったな俺。。と。。グッタリする背後から「あー、あるある。おめでとう、痔確定だ(笑)」と先生。。確かに大きな病気ではなくて一安心ではありましたが。。
思えば、父母共に痔主の小生、言えば純潔なサラブレッドです。血統で多くを引き継ぐと言われる痔の世界。今思えば痔にならない訳がないのです。と、いう訳で「もう終わったな俺。。」ではなく、長い長い闘い、共存共栄?の始まりでありました。常に悪化しないように心掛けるも、辛い食品、暴飲暴食、お酒の飲み過ぎ。立ち仕事や力仕事、患部の冷えなどなど、悪いとされる事柄、環境で多くの時間を過し、時に痛み、かゆくなり、時に出血。薬局で購入できるボラギノール軟膏、座薬。古くから広告などで有名なHサヤD黒堂の軟膏。良いと言われる痔の専門医への通院。強力ポステリザン軟膏注入。ありとあらゆる事で対応しましたが、いよいよ排便時に内痔核の脱出、押し込まないと戻らない状態にまで成長。超恥ずかしロストバージンから20数年の年月を経て、若い看護師さんがいてもなんの躊躇もなくパンツを下げられるメンタルまで鍛え上げましたが、比例して患部のお痔様も順調に成長。専門的な分類でいうところのⅢ度。ステージ3まで共に成長し、騙し騙し共存しておったここ数年でありました。
ここ2~3数年は、信頼のおける専門医様に通院するようになっており、「強力ポステリザン軟膏」が切れるタイミングで、患部のチェックをしてもらい軟膏を出してもらう、といった数年でした。先生に諸々相談すると私めの場合、注射で痔を小さくするという夢のような手術、ジオン注射での処置は、再発の可能性も高く、痔核も大きいのでおススメできない。手術するなら切除・摘出する根治術が良い、との事でした。
「いつかは手術か。。」と、ここ数年で覚悟は決まっておった次第です。
排便の度に脱出するお痔様の煩わしさ、押し込んでもなんとなく何かある感覚で難儀する日々。なんとなく続く鈍痛、違和感。こんな事ならそろそろ覚悟を決めて手術してしまった方が良いのかと。かけている保険で手術入院費用は出るのか出ないのか。仕事を休んでも大丈夫か。家庭・子供達の都合は大丈夫かなどなど、諸々計画した結果、2017年の12月中旬にいよいよ手術入院決行する事に。本当に怖くて本当にイヤでしたが、最後の最後に覚悟を決めました。
そしていよいよ、手術入院に向けてプロジェクトが動き始めるのでした。
痔回へ続く。